【町田樹語録】なんだか凄い名言ランキング30選!フィギュア解説もおもしろい?

男子フィギュアスケートの選手として2014年のソチ五輪に出場した町田樹は、かっこいい選手として注目されただけではなく、伝説的な名言や町田語録と呼ばれる独特の発言で話題になり、ネットでは町田樹語録や名言ランキングがまとめられました。この記事では「氷上の哲学者」と呼ばれた町田樹の名言をランキング形式で紹介するだけではなく、現役引退後、スケートの解説やアイスショーに出演していた町田樹の現在の動向をお伝えいたします。

目次

  1. 町田樹の名言ランキング30選!
  2. 町田樹の名言ランキング30位~11位
  3. 町田樹の名言ランキング10位~7位
  4. 町田樹の名言ランキング6位~4位
  5. 町田樹の名言ランキング3位~1位
  6. 現在の町田樹が現役引退している理由とは?
  7. 町田樹の公式ウェブサイトもチェックしてみよう
  8. 町田樹の名言ランキング30選のまとめ

町田樹の名言ランキング30選!

フィギュア解説もおもしろい?

平昌五輪の解説を務めた町田樹

平昌五輪の解説を務めた町田樹

2018年に行われた平昌五輪でテレビ東京系番組の解説を務めた町田樹は、2014年までフィギュアスケートの選手として活躍していた人物です。

スケートへの愛情にあふれたかっこいい解説者

2014年のソチ五輪のフィギュアスケート団体戦と男子シングルに出場した経験を持つ町田樹の分かりやすい解説は、メインキャスターの小泉孝太郎だけではなく、SNSでも高く評価されました。

五輪の競技開始時刻が、選手のコンディションではなくテレビ局の都合に合わせて決定されたことを、町田樹はテレビで批判しました。テレビ局やスポンサーの意向に従うのではなく、元選手として意見を述べる姿も、視聴者やネット民からは「かっこいい」と評価されました。

町田樹のプロフィール

踊る町田樹

「氷上の哲学者」と呼ばれたスケーター

本名:町田樹(まちだたつき)
愛称:まっちー
生年月日:1990年3月9日
現在年齢:28歳
出身地:神奈川県川崎市
血液型:O型
身長:162cm
体重:53kg
活動内容:スポーツマネジメント研究、スケート解説、コラム執筆など
所属グループ:早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程

所属事務所:???
家族構成:父、母、妹

神奈川県生まれの町田樹がスケートを始めたのは、千葉県で暮らしていた3歳の時でした。家族の仕事の都合で9歳の時に広島県に引っ越し、広島県内で義務教育を終えました。中学校卒業後、町田樹はフィギュアスケートの練習環境が整っていた岡山県の倉敷翠松高等学校に進学しました。現在フィギュアスケーターとして活躍している高橋大輔や無良崇人も、この高校の卒業生です。

文武両道のかっこいいスケーター

氷上の町田樹

関西大学に進学した町田樹

町田樹は関西大学文学部総合人文学科に進学しました。現在、織田信成が監督を務める関西大学スケート部は、多くのフィギュアスケーターを育てました。

2009年の全日本選手権で4位に入賞した町田樹は、その後、国内外の大会で優秀な成績を修めますが、当時の男子シングルでは羽生結弦を筆頭に実力のある選手が揃っており、2014年のソチ五輪に出場するには厳しい競争を勝ち抜かなければなりませんでした。

語録誕生のきっかけはコーチのアドバイス

町田樹とコーチの大西勝敬

町田樹とコーチの大西勝敬

2013~2014年シーズンから町田樹のコーチに就任した大西勝敬は「消極的な発言をすれば、それが現実になってしまう」とアドバイスを送りました。

自分自身を「ソチ五輪の代表候補6人(出場できる選手は3人)中、6番目」と評価していた町田樹ですが、コーチの大西勝敬の指導により、ネガティブなことは口に出さず、自分自身を奮い立たせるために大きな目標を口にする「有言実行」を心がけるようになります。その結果、2013~2014年のソチ五輪シーズンに町田樹は活躍し、伝説となる数多くの町田樹語録が生まれました。

ソチ五輪男子シングルで5位に入賞した町田樹

ソチ五輪男子シングルで5位に入賞した町田樹

2014年3月の世界選手権で、町田樹は羽生結弦に敗れて2位となったものの、点数の差はわずか0.33点でした。

2014~2015年シーズンの町田樹はスケートアメリカで優勝し、12月の全日本選手権で4位に入賞しました。この大会をもって町田樹は引退を発表し、代表に選ばれていた2015年の世界選手権を辞退しました。突然の引退に、選手はもちろん、ファンやスケート連盟の役員も驚きましたが、コーチの大西勝敬は「町田樹らしい」と爆笑したそうです。

2014年に競技を引退しプロスケーターとして活躍

競技引退後の町田樹は、プロスケーターとして多くのアイスショーに出演し、自身のプログラムの振り付けやショーの演出を手がけました。「プリンスアイスワールド2018」の「ボレロ」や「カーニバルオンアイス2018」の「人間の条件」などの自身のプログラムについて、町田樹はテレビで解説を行っています。

現在の町田樹は早稲田大学大学院生

テレビで解説する町田樹

スポーツマネジメントを専攻している町田樹

関西大学卒業後、町田樹は2015年4月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学しました。2017年にはスポーツ科学の修士号を授与され、2019年1月現在、同大学院の博士課程に在籍しています。

かっこいい解説での語録や伝説のオリンピックでの名言など

豊かな語彙の持ち主である町田樹には、現役時代から「テレビでの解説が向いているのではないか」というファンの声が寄せられていました。現役引退後の町田樹は、穏やかな語り口と分かりやすい表現、事実と推測を混同させない言葉選びで、見事にテレビでの解説を勤め上げました。

テレビの解説でも名言が期待された町田樹

かっこいいフィギュアスケーターとして、伝説的な語録の生みの親として、現在も多くのファンから愛されている町田樹の30の名言をランキング形式で紹介していきます。それではランキングのスタートです。

町田樹の名言ランキング30位~11位

微笑む町田樹

現役時代に多くの名言を生んだ町田樹

ランキング入りした名言からは、ソチ五輪にかけた町田樹の思いや、彼の人柄が浮かび上がってきます。まずはランキングの30位から11位に入った名言を紹介いたします。

30位:2013年スケートアメリカSP終了後のインタビュー

2013年にアメリカで行われた試合(スケートアメリカ)で、町田樹はSPの「エデンの東」を初披露しました。1位に輝いたSP終了後のインタビューで、彼が発したのは論文の謝辞のような名言でした。

まずは、僕のこのショートプログラムのプロットにもなった作家でありアメリカ文学を代表する作家であるジョン・スタインベックに大きな敬意を表し、僕のこの素晴らしいプログラムを与えてくださったフィリップ・ミルズ先生とそして大阪で僕と一緒に戦ってくれている大西先生に最大の感謝を贈りたいと思います。

五輪シーズンに幕を開けた町田樹語録

プログラム「エデンの東」を演じる町田樹

町田樹のプログラム「エデンの東」

町田樹は2013~2014年シーズンのSP(ショートプログラム)に、スタインベックの小説を原作としたテレビドラマ「エデンの東」の楽曲を使用しました。

町田樹はFP(フリープログラム)でも好成績を修め、スケートアメリカで優勝しました。スケートファンは彼の名言に反応し、ネット上では他の選手が町田樹のようにプログラムの作者やコーチへの感謝を述べる文章が作られました。

29位:プログラム「エデンの東」についての名言

「金」と「玉」は貴重な物のことです。そして、「科」と「条」は法律や規則を意味します。「金科玉条」は「よりどころとなる決まり事や思想」という意味を持つ四字熟語です。

伝説と共にフィギュアスケート界に残る町田樹のプログラム

スケートアメリカで優勝した町田樹

「エデンの東」を熟読した町田樹

「金科玉条」は、現在では「融通が利かない」という意味で使われる事もあります。

1955年に映画化された「エデンの東」は、主演のジェムーズ・ディーンの印象が強いのですが、町田樹がプログラムに使用したのは、1981年に放映されたドラマ版の楽曲です。町田樹は「エデンの東」に加えて、著者であるスタインベックに関する書籍を深く読みこんで、彼独自の解釈と表現を行いました。

28位:祖父母が住む鳥取県についての名言

町田樹の母方の祖父母は鳥取県に住んでおり、正月は家族と共に祖父母の家で過ごすのが、幼いころからの彼の習慣だったそうです。彼は織田信成との対談で、小豆を使った鳥取風の雑煮が好みであるとも話しています。

ソチ五輪での町田樹の活躍に鳥取県も反応した

鬼太郎の銅像と町田樹

鳥取県と関わりの深い町田樹

鳥取以外の場所について、町田樹は「鎧を着けなければ生きていけない厳しい場所」だとインタビューに答えています。

町田樹はかっこいいフィギュアスケーター、語彙の豊富な解説者として持てはやされていますが、本来は弱気な青年だったというエピソードから考えると、伝説的な名言や語録は、勝負の世界で生きていくための鎧のようにも思えてきます。

27位:哲学書に関する名言

町田樹は、ドイツの哲学者ヘーゲルの著書から「人間の精神活動の最高位は芸術と宗教と学問」という名言を引用して、フィギュアスケートの魅力を語っています。

ヘーゲルの「美学講義」は町田樹の愛読書

テレビに映る町田樹

「氷上の哲学者」と呼ばれた町田樹

読書家の町田樹は、哲学者の言葉を引用できるほどに本を読み込んでいます。

哲学書も読んでいる町田樹ですが、そこにに書かれている内容を完全には理解できているわけではないのだそうです。ですが読み進めていくうちに、閃き、いわゆるインスピレーションを得ることができるのだそうです。町田樹のこの名言は、読書、とくに哲学の重要性を教えてくれます。

26位:ソチ到着直後の名言

2013年12月に行われた全日本選手権で準優勝した町田樹はソチ五輪の男子シングル代表に選ばれ、2014年の2月に会場となるソチに到着しました。現地で受けたメディアのインタビューに彼は個性的な答えを残しました。

ソチ到着後すぐに会場入りした町田樹

五輪会場のソチに到着した町田樹

五輪会場のソチに到着した町田樹

オーディエンス(観衆)とプロダクト(作品)という表現を用いて五輪への意気込みを語りました。

25位:フィギュアスケートと芸術についての名言

採点競技であるフィギュアスケート(SPとFP)では、競技時間やジャンプの回数などが決められていますが、競技で優秀な成績を収めた選手のみが参加できるEX(エキシビション)や、プロスケーターも参加するアイスショーに、細かい決まりはありません。そのため、芸術や独自の表現を追求することも可能です。

フィギュアスケートという芸術について町田樹は現在も研究中

町田樹のエキシビション「白夜行」

町田樹のエキシビション「白夜行」

町田樹は自分自身でこのプログラムの振り付けを考えました。

フィギュアスケートは「人間の精神活動の最高位」である芸術と深く関わりがあるスポーツです。町田樹はその可能性を追求するべく、音楽や衣装、照明にこだわり、アイスショーでは彼にしか表現できない伝説的なプログラムを披露してきました。

24位:「1日だけ別のフィギュアスケーターになりたいなら誰が良いか」という質問に対して

「もし、1日だけ別のフィギュアスケーターになれるなら、誰になりたいか?」と質問された町田樹は、なりたい相手(フィギュアスケーター)はいないと答えました。

伝説的なフィギュアスケーターとなった町田樹

町田樹は唯一無二の存在

町田樹は唯一無二の存在

別の誰かに「町田樹になりたい」と思ってもらえるようなフィギュアスケーターになりたい。

 

文武両道でかっこいい町田樹に憧れている若いスケート選手は、間違いなく存在していることでしょう。

23位:町田樹が語るスランプ脱出法

フィギュアスケートの選手に限らず、アスリートはさまざまな原因でスランプに陥るものです。町田樹も例外ではなかったようですが、彼は独自の方法でスランプから脱出していました。

アルゴリズムとヒューリスティックは数学用語

スランプに悩むアスリートへの名言

スランプに悩むアスリートへの名言

「アルゴリズム」は主に数学の世界で使われる言葉です。これに対して「ヒューリスティック」という言葉は数学だけではなく心理学の世界でも用いられています。

町田樹は理論的な思考(アルゴリズム)と直感(ヒューリスティック)を使い分けることによって効率的に精神を整えていたようです。スランプに悩むアスリートの手本となるような名言ですが、難解なので参考になるかどうかは判断が分かれます。

22位:ソチ五輪男子シングルSP終了後の名言

ソチ五輪の男子シングルSPで、町田樹はミスの影響もあって11位に留まります。しかしSP終了後のインタビューではFPでの「逆バレンタイン」を宣言し、日本のファンやメディアを盛り上げました。

ソチ五輪のFPは日本時間の2月14日に開催された

逆バレンタインを宣言する町田樹

逆バレンタインを宣言する町田樹

ソチ五輪で「逆バレンタイン」を宣言した町田樹。男子シングルFPは、バレンタインデーの2014年2月14日(現地時間)に行われました。

SPでのミスを感じさせない町田樹の名言にネットは盛り上がり、一部の視聴者やネット民からは「ナルシストを通り越してかっこいい」という感想も飛び出しました。

21位:ソチ五輪で2回滑ったFP「火の鳥」について

2013~2014年シーズンに町田樹がFPに使用したのは、ストラビンスキーのバレエ音楽「火の鳥」です。ソチ五輪では2回演じたこのプログラムに、町田樹は独自のテーマを定めていました。

「火の鳥」の作者ストラビンスキーはロシアの音楽家

ソチ五輪の団体戦に出場した町田樹

ソチ五輪の団体戦に出場した町田樹

町田樹はソチ五輪で初めて正式種目となった「フィギュアスケート団体戦」に出場し、FPの「火の鳥」を演じました。

20位:ソチ五輪男子シングルへの意気込み

五輪の舞台で愛を届けた町田樹

五輪の舞台で愛を届けた町田樹

プログラムを通じて観客に愛を届けるという趣旨の名言を、町田樹は幾度となく発しています。

 

名言ランキングの22位に入った「逆バレンタイン」からもうかがえるように、町田樹は「愛の人」でもあり、彼のインタビューでは「愛」に関する言葉がしばしば登場します。

「個人戦はメダルを獲りにココに来ていますし、意識が強いですけど、僕のショートプログラム『エデンの東』とフリーの『火の鳥』の2つのプログラムへの純粋なる愛を氷の舞台で表現します。成績とスコア、他の選手はいっさい関係なく、プログラムの愛をみなさんに届けたい」

19位2013年全日本選手権FS終了後のインタビュー

2013年12月に行われた全日本選手権

2013年12月に行われた全日本選手権

2013年12月に行われた全日本選手権のSPで、町田樹は2位(1位は羽生結弦)となりました。

(昨夜は)ショートの反省をしつつ、今日この舞台で羽ばたけるように、自分の背中に大きな翼が生えているかのようなイメージをしっかり強く持ってベッドに入りました。

2013年の全日本選手権で2位に輝いた町田樹

2013年全日本選手権FSの町田樹

2013年全日本選手権FSの町田樹

2013年の全日本選手権は、翌年のソチ五輪や世界選手権に派遣される選手の選考会も兼ねていました。

SPで2位になった町田樹は、翌日のFPに備えて「火の鳥」のイメージトレーニングを行いながら眠りに就いたそうです。しかし一部のファンからは「背中の羽根が邪魔で寝にくそう」というツッコミが入っていました。

18位:関西大学の壮行会での名言

2014年1月に、関西大学ではソチ五輪への派遣が決定した町田樹と高橋大輔(当時関西大学大学院に在籍)の壮行会が行われました。

町田樹は自分自身を「革命家」と評価した

関西大学で行われた壮行会

関西大学で行われた壮行会

町田樹は自身初出場となる五輪について「未知なるフロンティア。一世一代の夢舞台」と語りました。

同時に町田樹は、「自分がソチ五輪に行けることは、フィギュアスケート界にとって革命」という名言も残しています。自らを「革命家」と評価した町田樹の足跡は、フィギュアスケート界の伝説となりました。

17位:四年に一度の五輪という舞台に関する名言

夏季でも冬季でも「五輪には魔物が潜んでいる」と言われています。ソチ五輪の練習中には、町田樹が転倒して羽生結弦に助け起こされるというアクシデントが発生しました。

五輪には「魔物が棲む」と言われている

リンクで転倒した町田樹

リンクで転倒した町田樹

町田樹の転倒の原因は、リンクと氷の隙間に足を取られたことでした。

人生初の五輪に緊張していたのか、練習中に転倒して両膝をぶつけるというアクシデントに見舞われた町田樹でしたが、持ち前の精神力で五輪を支配することに成功し、団体戦では個人3位(日本は5位)、男子シングルでは5位に入賞しました。

16位:周囲への感謝に溢れた名言

ソチ五輪FP後のインタビューで、町田樹は自分自身の弱さを認めて口に出し、そんな彼を支えてくれた人々への感謝の言葉を口にしました。

町田樹は高校に新幹線で通学していた

母とテレビに出演する町田樹

母とテレビに出演する町田樹

町田樹の母弥生は教育熱心で、息子のフィギュアスケートを様々な形でサポートしてきました。

ランキング30位に入った名言でも、町田樹はコーチや振付師に加えて小説の作者に感謝と敬意の言葉を送っています。周囲に感謝し、それを言葉にできるのが町田樹のかっこいい部分です。

15位:2013年GPファイナルSP終了後の名言

2013年のスケートアメリカとロステレコム杯に優勝した町田樹は、GPシリーズの成績上位選手のみが参加できるGP(グランプリ)ファイナルに出場しました。

SPのミスをFPで挽回した2013年GPファイナル

2013年のGPファイナルに出場した町田樹

2013年のGPファイナルに出場した町田樹

町田樹は演技でミスをしてしまい、6人中6位でSPを終えました。

結果がソチ五輪の代表選考に影響を与える2013年のGP(グランプリ)ファイナルのSP6位で終えた町田樹は、改めて自身が崖っぷちにいるという事実を思い知り、危機感と恐怖を覚えました。しかし、彼は気持ちの切り替えに成功してFPでノーミスの演技を行い、総合4位で大会を終えました。

14位:ソチ五輪男子シングル終了後の名言

FPで4位となり、11位と出遅れたSPをカバーした町田樹ですがメダルには届きませんでした。日本の男子シングルは羽生結弦が金メダルを獲得し、町田樹が5位で高橋大輔が6位と、全員が入賞しました。

負けを認めてもコメントがかっこいい

ソチ五輪で「火の鳥」を演じる町田樹

「最初で最後の五輪」で5位入賞

ソチ五輪で3位となり、銅メダルを獲得したデニス・テンと5位の町田樹の得点差は1.68点でした。

ソチ五輪での演技は、本人にとって満足できるものではなかったかもしれませんが、日本の代表として堂々と戦った町田樹の姿に、恥じるところはありませんでした。

13位:2013年スケートアメリカ終了後の名言

2013年のスケートアメリカで優勝し、帰国した町田樹は、ロシアで行われるロステレコム杯に備えて新たな技への挑戦を表明しました。五輪シーズンである2013~2014年に、町田樹が掲げたテーマの一つが「現状維持は退化」だったのです。

現状維持は退化。

プロスケーターに転向した後も、「現状維持は退化」という町田樹の姿勢に変化はなく、音楽や照明に工夫した斬新なプログラムを披露し、多くのファンを魅了しました。

有言実行の姿勢がかっこいいと評判に

ソチ五輪のエキシビション

ソチ五輪の伝説的なエキシビション

ソチ五輪の男子シングルで5位に入賞した町田樹はEXに出場し、クイーンの「Don't Stop Me Now」に合わせてエアギターを披露しました。

 

 

12位:フィギュアスケートとの関係についての名言

名言ランキング23位で紹介したスランプ脱出方法で、「アルゴリズム」や「ヒューリスティック」という数学用語を使っているように、町田樹は理系科目にも明るい人物です。

町田樹語録には数学用語も使われている

「ニアリーイコール」は「ほぼ等しい」という意味

「ニアリーイコール」は「ほぼ等しい」という意味

町田樹は、3歳の時から始めたフィギュアスケートについて、自分の存在意義であり、自分からフィギュアスケートを取れば、ほとんど何も残らなくなってしまうという趣旨の語録を残しています。

文武両道のアスリートはかっこいいものですが、町田樹は文系と理系のバランスが取れた希少な存在です。ですが、本人も自覚しているように話が長く、専門的な言葉に周囲がついて行けないということも時折起きています。

11位:2013年にソチ五輪への思いを語った語録

2013年の活躍により、ソチ五輪代表候補の1人として注目された町田樹は、雑誌「週刊朝日」のインタビューを受け、躍進の理由とソチ五輪への意気込みを質問されました。

つかみとった一筋の光が伝説を残した

町田樹とステファン・ランビエール

町田樹とステファン・ランビエール

2006年トリノ五輪銀メダリストで、現在はプロスケーターとしているステファン・ランビエールは、町田樹のプログラム「F・U・Y・A」や「ドン・キホーテ」などの振り付けを行いました。

スケートの辛さ(99%)と、その先にある1%の光について語った町田樹は、この雑誌のインタビューで、ステファン・ランビエールに大きな影響を受けたと語っています。

 

町田樹の名言ランキング10位~7位

町田樹の名言ランキング10位~7位

町田樹の名言ランキング10位~7位

町田樹の名言ランキング10位~7位の発表です。

 

ソチ五輪シーズンには新聞などのメディアが、町田樹語録をまとめましたが、2019年現在ランキング入りしているのは、どのような名言でしょうか。それでは10位の発表です。

10位:ソチ五輪団体戦の演技終了後のインタビュー

ソチ五輪で初めて採用されたフィギュアスケートの団体戦は、男女シングル、ペア、アイスダンスの選手が演技を行って順位をつけ、獲得したポイントによって勝敗を競う競技です。ソチ五輪の団体戦には10ヶ国が参加し、SPの結果、日本を含む5ヶ国がFPに進みました。

町田樹の「火の鳥」は団体戦フリーで165.85点を記録した

ソチ五輪団体戦での「火の鳥」

ソチ五輪団体戦での「火の鳥」

ロシアの生きた伝説で「皇帝」と呼ばれる男の後にリンクに立った町田樹は、初の五輪の雰囲気に緊張していました。

開催国であるロシアの代表として、団体戦男子シングルFPの演技を行ったのは、五輪で3つのメダルを手にした(金1個と銀2個)エフゲニー・プルシェンコ(現在はロシアでスケート学校を運営)でした。地元ということもあり、エフゲニー・プルシェンコの演技に観客は盛り上がります。その後にリンクに立ったのが町田樹でした。

ソチ五輪で「火の鳥」を滑る町田樹

ソチ五輪団体戦の「火の鳥」は「再臨編」

名言ランキング21位でもご紹介したように、町田樹はソチ五輪団体戦で演じた「火の鳥」を「再臨編」と位置付けていました。

ロシアの作曲家であるストラヴィンスキーの音楽が流れた途端、町田樹の精神はプレッシャーから解放されて「火の鳥」と融合し、演技を行うことができたそうです。

9位:2013~2014年シーズンを振り返った名言

自然界において、淡水と海水が混じりあった物を「汽水」と言います。汽水域とは、海に流れ込む河口や湾岸部などの汽水に満ちた場所を意味します。

テレビ番組でフリップを掲げた町田樹

テレビ番組でフリップを掲げた町田樹

2014年3月に行われた世界選手権終了後、町田樹は世界選手権に出場した日本人選手たちとともに、テレビに生出演しました。

伝説と語録を残した五輪シーズンついて質問を受けた彼が用いたのが、汽水域という言葉です。しかし残念ながら、同席していた選手たちには理解されず「説明が長い」と言われてしまいました。

町田樹はソチ五輪終了後に「語録卒業」を宣言していた

ソチ五輪終了後、町田樹は「喋りでアピールをする必要はない」と語録からの卒業を表明しています。自分自身を奮い立たせるために、意図的にかっこいい言葉や難しい言い回しを使っていたのは間違いないのでしょうが、ソチ五輪で伝説を作った彼は、何気なく発した言葉が語録になってしまうようです。

8位:2013年全日本選手権前日会見での名言

ソチ五輪の代表選考がかかっていた2013年の全日本選手権は、メディアに「史上最も過酷な代表争い」とまで言われました。大会前日の会見で、町田樹は独特の表現で五輪にかけた思いを語りました。

ファンの解釈も分かれる名言

純度の高いエタノールの炎は透明

純度の高いエタノールの炎は透明

エタノールは無色透明で、不純物が少ない状態では透明の炎を放ちます。火事の原因にもなりかねないので、取扱いには注意が必要です。

ランキング入りしている名言は、町田樹ファンやネット民に強い印象を残したものばかりですが、この名言に関しては「意味が分からないけれどもかっこいい」という声や「町田樹の演技にはエタノールのような透明感がある」という意見が挙がっています。

7位:ソチ五輪での外国人記者のインタビューを受けての名言

英語でインタビューに答える町田樹

英語でインタビューに答える町田樹

ソチ五輪の会場に到着した町田樹は、日本のメディアだけではなく、外国人記者からもインタビューを受けました。五輪での目標を問われた町田樹は、もちろんメダルであると英語で答えます。

町田樹は語録を残せるほどの英語力もある

ソチ五輪への派遣が決定した選手

ソチ五輪への派遣が決定した選手

2013年のGPファイナルと全日本選手権、そしてISU(国際スケート連盟)の世界ランキングなどを考慮した結果、ソチ五輪に派遣される選手が決定しました。

五輪は「参加することに意義がある」という言葉もありますが、町田樹は国の代表に選ばれたからには、メダルを狙うのが使命であり義務だと語っています。五輪の選考に漏れた選手の分まで滑るという思いも、彼の中にはあったのかもしれません。

町田樹の名言ランキング6位~4位

町田樹の名言ランキング6位~4位

町田樹の名言ランキング6位~4位

フィギュアスケートファンだけではなくネット民からも評価され、町田樹伝説を築いた名言ランキングの6位~4位の発表です。

6位:4回転ジャンプについての名言あるいは迷言

16歳の町田樹は、シニアの下の世代のジュニアカテゴリーでフィギュアスケートの試合に出ていました。2006年9月にはメキシコシティで行われた試合に出場しました。その後、メキシコのパワースポットとして知られる古代都市テオティワカンを訪れたことが、4回転ジャンプの完成につながったそうです。

古代都市テオティワカンの「太陽のピラミッド」

古代都市テオティワカンの「太陽のピラミッド」

メキシコの古代都市テオティワカンは世界遺産に指定されており、「太陽のピラミッド」の頂上には小さな金属が埋め込まれています。

現在は女子やジュニア男子も4回転ジャンプに挑戦している

フィギュアスケーターの迷言ランキングがあれば、確実に上位にランキング入りしそうな町田樹の言葉ですが、4回転ジャンプのコツを聞かれて「4回回って降りるだけ」と答えた本田武史(2002年のソルトレークシティ五輪に出場。現在はプロスケーターやテレビの解説としても活躍)のような人もいるので、ジャンプは常人の理解が及ばないものなのかもしれません。

5位:衣装についての名言

フィギュアスケートファンは、プログラムだけではなく、フィギュアスケーターの衣装にも期待を寄せています。動きやすさはもちろん、衣装はプログラムのイメージを表現する重要なものであり、現役時代の小塚崇彦のように、足元の技術を審査員にアピールするためにあえてシンプルな衣装を着る選手もいます。

フィギュアスケートのファンは衣装にも注目している

町田樹のFP「火の鳥」は、2012~2013年から翌年のシーズンに持ちこされたもので、衣装や振り付けに変更が加えられています。そして、フィギュアスケートの選手が、動きやすさや音楽との調和を意識して、衣装に手を加えるのは珍しい事ではありません。

町田樹の「火の鳥」衣装

町田樹の「火の鳥」衣装

フィギュアスケートの競技では、肌の露出は減点対象となることがあるため、肌色の部分には肌襦袢が使用されています。町田樹は「火の鳥の精神」を表現した衣装で、伝説のシーズンを飛んでいきました。

4位:趣味の読書についての名言

ランキングでご紹介した名言の数々からも理解できるように、町田樹の語録や名解説を支えているのは、読書によって培われた豊富な語彙力です。

町田樹は常に本を持ち歩いている

本を読む町田樹

読書家として知られる町田樹

幼いころはゲームに夢中だった町田樹ですが、新幹線で高校に通っていたことがきっかけで、読書の面白さを知ったそうです。

 

常に本を持ち歩く「知的かっこいい」町田樹は、哲学書やミステリなど、さまざまな分野の本を読んでいます。

ファンの本棚を変えた町田樹

ファンの本棚を変えた町田樹

プログラムの元となった「エデンの東」や「白夜行」など、町田樹の影響を受けて本を読んだファンも少なくはありません。

町田樹の名言ランキング3位~1位

ファンやネット民に支持され、日めくりカレンダーやカルタが作られた町田樹の名言ランキングのベスト3を発表します。ランキングのトップを占めるのは、町田樹の伝説を彩る名言ばかりです。順番に読んでいきましょう。

3位:2013年の全日本選手権にかけた思い

町田樹と羽生結弦

町田樹と羽生結弦

ソチ五輪への切符をかけた2013年の全日本選手権大会で、町田樹が戦う相手の中には「自分自身」が含まれていました。

自分に負けてしまえば、死後も後悔が残ると彼は考えていたのです。

自分に勝った町田樹

試合が続き、コンディションは悪かったものの、町田樹は自分に負けないように、後悔しないようにと考えて演技に臨み、見事に全日本選手権2位となりました。苦境に陥りながらも、彼は自分自身に打ち克ったのです。

死後も残る後悔を表現した町田樹の言葉は、2013年の全日本選手権から数年を経ても、強烈にファンの心に残っているようです。自身が後悔すると思っている事柄を、町田樹のように骨や灰という言葉を使って表現した人もいます。

2位:FP「火の鳥」にかけた思い

全日本選手権のSPで2位になった町田樹は、翌日行われるFPの火の鳥を、宇宙まで飛んでいくものだと豪語しました。この時、彼の携帯電話の待ち受け画面は、宇宙の星空だったそうです。

聖火のようにソチを舞った町田樹の「火の鳥」

聖火のようにソチを舞った町田樹の「火の鳥」

ソチ五輪では、聖火とともに宇宙まで飛んでいくイメージを抱いて、「火の鳥」に「再臨編」と「大飛翔編」というテーマを決めました。

進化を続けた「火の鳥」

町田樹語録はネット民に支持され、ソチ五輪開催中には「町田樹が宇宙へ飛ぶのを見守る掲示板」が作られました。演技中に実況が行われ、町田樹の動きの一つ一つにネット民が盛り上がりました。

ストラビンスキーの「火の鳥」はSFではなく、ロシアの民話をベースにしたバレエ音楽ですが、語録の影響もあり、町田樹の「火の鳥」から宇宙をイメージするファンは今も多いようです。

1位:町田樹の運命を切り開いた名言

「ティムシェル」を説明する町田樹

「ティムシェル」を説明する町田樹

2013年の10月に、GPシリーズの試合に出場する日本人選手による記者会見が行われました。

 

その席上で、町田樹がシーズンのテーマとして掲げたのが「旧約聖書」に登場するヘブライ語の「ティムシェル」です。

 

小説「エデンの東」は「ティムシェル」の解釈が主要なテーマになっているのですが、これを「運命は自分の力で切り開く」と解釈した町田樹の言葉に、周囲のスケーターは付いて行けませんでした。

 

解説を行っていた松岡修造は、浅田真央に感想を求めましたが、彼女は「私に聞かないでください」とコメントしました。

 

 

 

 

町田樹といえばこの名言

織田信成が注目したソチ五輪出場選手の注目ポイント

織田信成が注目したソチ五輪出場選手の注目ポイント

テレビでソチ五輪の解説を行った織田信成は、羽生結弦の「技術」や高橋大輔の「表現力」、そして町田樹の「ティムシェル」が注目ポイントであるとコメントしました。

 

メディアが広めた語録の影響もあり「町田樹=ティムシェル」というイメージを抱いたスケートファンやネット民も少なくはありません。

町田樹は言葉の選び方がかっこいい

2014~2015年のシーズンに町田樹が掲げたテーマは「極北」でした。氷上の演技だけではなく、短くもインパクトのある言葉で人を惹きつけられるのが、町田樹というフィギュアスケーターの魅力です。

現在の町田樹が現役引退している理由とは?

結婚するために引退を表明したというウワサの真偽

2018年10月にプロスケーターを引退を表明した町田樹

2018年10月にプロスケーターを引退を表明した町田樹

2018年に、町田樹はプロスケーター引退を表明し、多くのファンやオーディエンスに惜しまれながらリンクを去りました。

現在町田樹は博士号取得のために勉強中

若手研究者として活躍する町田樹

研究助成金を授与された町田樹

町田樹のプロスケーター引退の理由は、結婚と言う説もあれば別のフィギュアスケーターのファンから嫌がらせをという説もありますが、最大の理由は、学業だと考えられます。

大学院進学への進学を理由に競技としてのフィギュアスケートから退き、プロに転校したものの、町田樹は、学業との両立が難しくなればアイスショーへの出演はいつでも辞めるつもりだったとインタビューで語っています。

町田樹は大学教員を目指す

町田樹は大学教員を目指す

町田樹は、フィギュアスケートや新体操、シンクロナイズドスイミング(現在のアーティスティックスイミング)などの音楽を使った採点競技を「アーティスティック・スポーツ」と名付け、研究しています。

2017年4月には、町田樹の研究「芸術的スポーツの著作権法による保護の妥当性の研究・日米のフィギュアスケートを中心に」に、笹川スポーツ財団から助成金が送られました。町田樹は研究者としてのキャリアを着実に固めつつありますが、プロスケーターとしてアイスショーに出演しながら、博士号取得を目指して研究や論文執筆を行うのは、困難なことだと考えられます。

「今回も決してさよならは言いません」と語った町田樹

「今回も決してさよならは言いません」と語った町田樹

2019年1月現在、町田樹は早稲田大学大学院で研究を行っているだけではなく、非常勤講師として、慶應義塾大学や法政大学で教鞭をとっています。

町田樹は「パフォーマー(演者)とは別の形で今後もフィギュアスケート界とつながっていきたい」と語っています。氷上での彼の演技を見ることはできませんが、コラムやテレビでの解説、あるいはもっと別の形でフィギュアスケートに関わり、新たな伝説を残すのかもしれません。

町田樹の公式ウェブサイトもチェックしてみよう

町田樹の論文や最新情報が閲覧できる!

早稲田大学のインタビューに答える町田樹

早稲田大学のインタビューに答える町田樹

町田樹の公式ウェブサイトには、彼のフィギュアスケートのプログラムのバイオグラフィや、プログラムに関わった人の解説が掲載されています。

町田樹の公式サイトには、彼の研究発表の実績や論文に加えて、スケート雑誌へのコラムやインタビューの掲載、テレビ番組への出演情報などの現在の活動もチェックできいます。

日本氷上スポーツ学会は、スケートやアイスホッケーなどの氷上スポーツに関する研究を行う団体です。2019年1月に行われた日本氷上スポーツ学会の設立記念講演で、町田樹は「氷上スポーツを未来へ繋ぐ」というテーマで講演を行いました。

町田樹の名言ランキング30選のまとめ

ファンによる「町田樹のおすすめプログラム」

ファンによる「町田樹のおすすめプログラム」

「有言実行」というコーチの指導と、町田樹の知性と個性が絡み合って生み出された語録は、2013~2014年のソチ五輪シーズンの記録と共に、フィギュアスケート界の伝説になりました。

 

町田樹はプロスケーターを引退して研究者の道を歩みますが、今後も彼のかっこいい解説をテレビで見ることができるかもしれません。

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