80年代ディスコミュージック特集!盛り上がれるヒット曲ランキングTOP31!

1983年にインターネットが誕生し、1987年にはマドンナやマイケルジャクソンの来日で日本中が湧きあがりました。そんな景気好調だった80年代ですが、1984年にマハラジャがオープンしたことによりディスコミュージックが流行した時代でもあります。ということで、今回は80年代に流行したディスコミュージックを、邦楽・洋楽含めてランキング形式でご紹介します。往年のヒット曲から懐かしの名曲まで、数々のディスコミュージックがランキングに登場しますので、当時ディスコに通っていたという方は是非ご覧下さい。

目次

  1. 80年代ディスコ曲ランキングTOP31!
  2. 80年代ディスコ曲ランキング31位~11位
  3. 80年代ディスコ曲ランキング10位~7位
  4. 80年代ディスコ曲ランキング6位~4位
  5. 80年代ディスコ曲ランキング3位~1位
  6. ディスコブームの再燃で関係イベントが大盛況!
  7. 80年代ディスコ曲ランキングTOP31のまとめ

80年代ディスコ曲ランキングTOP31!

80年代ディスコ

ユーロビート全盛期だった時代

80年代と言えば日本中がバブル景気に沸いていた時代で、高級ディスコチェーン「マハラジャ」をはじめとする数々のディスコが大人の社交場として人気でした。

そんな80年代ディスコで良く流れていたのがユーロビートでした。当時「スーパーユーロビート」や「マハラジャナイト」といった、ユーロビートばかりを集めたオムニバスCDが飛ぶように売れ、ドライブ中のBGMに流している車を街中で良く見かけました。

盛り上がれるディスコミュージックの数々

お立ち台

ボディコン姿の女性がお立ち台でノリノリに

当時のディスコミュージックはアップテンポなものからスローテンポなものまで様々あり、どこのディスコもボディコン衣装に身を包んだ女性がお立ち台で華麗に踊っていたのが特徴的でした。

これからご紹介するランキングでは、邦楽も洋楽も80年代ディスコでヘビーローテーションされていた曲が数々登場します。この当時ディスコ通いしていた世代の方にとっては、どれも懐かしい曲ばかりでしょう。

洋楽の名曲だけではなく邦楽のヒット曲もピックアップ!

80年代ディスコ

80年代ディスコミュージックは名曲揃い

当時のディスコミュージックは、洋楽も邦楽もノリが良ければ毎晩のようにヘビーローテーションされておりました。

イントロが流れるだけで自然と身体が動き出す人も多かったことでしょう。ランキングでは、昭和生まれなら誰でも知っているような名曲から、ディスコならではのヒット曲まで邦楽洋楽織り交ぜてご紹介していきますので、期待しながらご覧ください。

80年代ディスコ曲ランキング31位~11位

ディスコDJ

懐かしの名曲が盛りだくさん

ここからは80年代に流行したディスコミュージックをランキング形式でご紹介していきます。ディスコミュージックは洋楽が中心ですが、邦楽の“あの”名曲も登場します。

昭和生まれの方は是非当時の古き良き日本を懐かしみながら、ランキングをお楽しみください。特徴として、80年代に流行したアーティストは現在のヴィジュアル系バンドやユニセックス系アーティストの先駆け的存在が目立ちました。デビューする年代を一歩間違えれば、一発屋で終わってしまうようなアーティストばかりだったのが80年代アーティストとも言えましょう。ではランキングスタートです!

31位:Toy Boy(シニータ)

Toy Boy

楽曲について

・リリース年:1987年

・作詞者:Stock Aitken Waterman

・作曲者:Stock Aitken Waterman

・編曲者:不明

・プロデューサー:Stock Aitken Waterman

・売上累計:不明

31位にランキングされたシニータは、80年代後半のイギリスを代表する歌手で、日本でもこの「トイ・ボーイ」がオリコン洋楽チャートで12週連続1位を獲得し、1988年の年間チャートで1位に輝く大ヒット曲となりました。

30位:ダンシング・シスター(ノーランズ)

ダンシング・シスター

楽曲について

・リリース年:1980年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:約70万枚

1979年11月に発売されたアルバム「ノーラン・シスターズ」から翌年日本でシングルカットされたこの曲は、オリコン洋楽シングルチャートで通算14週1位を獲得し、1980年度の年間1位となる大ヒット曲となりました。ダンシング・シスターは、80年代前半を代表する洋楽ディスコソングです。

29位:Brand New Lover(デッド・オア・アライブ)

Brand New Lover

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・売上累計:不明

80年代ディスコを経験したことがある方にとって馴染みの洋楽ナンバーが、デッド・オア・アライブの楽曲でした。「ユーロビート」と呼ばれる音楽ジャンルも、当時の彼らの楽曲がきっかけだと言われております。日本で80年代ディスコの最大手だった「マハラジャ」でも、デッド・オア・アライブの楽曲は洋楽ディスコミュージックの定番でした。

28位:1999(プリンス)

1999

楽曲について

・リリース年:1982年

・作詞者:プリンス

・作曲者:プリンス

・編曲者:不明

・プロデューサー:プリンス

・売上累計:不明

アメリカを代表するカリスマミュージシャンである、プリンスの楽曲が28位にランキングされました。この1999は、当時のダンス・クラブ曲チャートで1位を獲得しており、プリンス人気に火が付くきっかけとなったヒット曲です。

27位:I.O.U(Freeez)

I.O.U

楽曲について

・リリース年:1983年

・作詞者:アーサーベイカー

・作曲者:アーサーベイカー

・編曲者:不明

・プロデューサー:アーサーベイカー

・売上累計:不明

「I.O.U」はイギリスの音楽グループFreeezが1983年にリリースした曲で、彼らが最も成功を収めたヒット曲です。グループとしての活動は僅か5年間と短かったですが、この曲は日本の80年代ディスコでもヘビーローテーションされておりました。

26位:Domino Dancing(ペット・ショップ・ボーイズ)

Domino Dancing

楽曲について

・リリース年:1988年

・作詞者:Neil Tennant、Chris Lowe

・作曲者:Neil Tennant、Chris Lowe

・編曲者:不明

・プロデューサー:Lewis A. Martinée、Pet Shop Boys

・売上累計:不明

ペット・ショップ・ボーイズは、80年代にエレクトロ・ポップで活躍したイギリスの人気ポップデュオです。日本でも1985年にリリースした「West End Girls」がCM曲として起用され、全世界で約150万枚を売り上げる大ヒット曲となりました。26位にランキングされた「Domino Dancing」は、80年代ディスコの洋楽ナンバーとして人気がありました。

25位:Super Freak(リック・ジェームス)

Super Freak

楽曲について

・リリース年:1981年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

日本では、90年代前半に一世を風靡したM.Cハマーの代表曲「U Can't Touch This」の方が世間的に知られておりますが、実はこの曲のサンプル元になった曲が25位にランキングされた「Super Freak」です。Super Freakは当時アメリカのダンス・クラブチャートで1位を獲得し、日本でも80年代の洋楽ディスコソングとして定番でした。

24位:Pump Up The Jam(Technotronic)

Pump Up The Jam

楽曲について

・リリース年:1989年

・作詞者:Manuela Kamosi、Thomas de Quincey

・作曲者:Manuela Kamosi、Thomas de Quincey

・編曲者:不明

・プロデューサー:Thomas De Quincey

・売上累計:不明

ベルギー出身のダンスユニット「テクノトロニック」のデビュー曲が24位にランキングされました。このパンプ・アップ・ザ・ジャムは、ラップとダンスミュージックのコラボが世間に高く評価され、世界的な大ヒット曲となりました。

23位:Romanticが止まらない(C-C-B)

Romanticが止まらない

楽曲について

・リリース年:1985年

・作詞者:松本隆

・作曲者:筒美京平

・編曲者:船山基紀、C-C-B

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

80年代の邦楽ディスコサウンドにおいて、センセーショナルな登場をしたのがこのC-C-Bです。ド派手な髪型も非常にインパクトがありましたが、当時の邦楽では珍しいテクノポップが印象的で、ドラマの主題歌として起用されたのをきっかけに一躍大ヒット曲となりました。

22位:Girls Just Want to Have Fun(シンディ・ローパー)

Girls Just Want to Have Fun

楽曲について

・リリース年:1983年

・作詞者:ロバート・ハザード

・作曲者:ロバート・ハザード

・編曲者:不明

・プロデューサー:リック・チャートフ

・売上累計:不明

デビュー当初から奇抜なメイクと衣装がとても印象的だったシンディ・ローパーですが、この楽曲は日本では“ハイ・スクールはダンステリア”というタイトルでリリースされ、ノリの良いメロディーがディスコでもウケておりました。

21位:Like a Virgin(マドンナ)

Like a Virgin

楽曲について

・リリース年:1984年

・作詞者:トム・ケリー、ビリー・スタインバーグ

・作曲者:トム・ケリー、ビリー・スタインバーグ

・編曲者:不明

・プロデューサー:ナイル・ロジャース

・売上累計:不明

マドンナが1984年にリリースした2枚目のアルバム「ライク・ア・ヴァージン」からのシングルカットで、アルバムタイトルと同名のこの曲は世界中にマドンナ旋風を巻き起こすきっかけとなった大ヒット曲です。当時ライク・ア・ヴァージンは全米ダンスチャートで1位を獲得し、彼女はその美貌から80年代のセックスシンボルとして称されました。

20位:Get Wild(TMネットワーク)

Get Wild

楽曲について

・リリース年:1987年

・作詞者:小室みつ子

・作曲者:小室哲哉

・編曲者:小室哲哉

・プロデューサー:小室哲哉

・売上累計:22万枚

20位にランキングされた「Get Wild」はTMネットワークの代表曲で、テレビアニメ「シティーハンター」のエンディング曲にもなりました。そのノリの良いサウンドから、ディスコでも邦楽の定番曲として良く流れておりました。

19位:My Heart Goes Bang(デッド・オア・アライブ)

My Heart Goes Bang

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・売上累計:不明

80年代のディスコブームにおいて、欠かせない洋楽曲だったのがこの「My Heart Goes Bang」でした。当時ユーロビートが大流行していた中、デッド・オア・アライヴは数多くのヒット曲を世に送り出しました。

18位:Can't take my eyes off you(ボーイズ・タウン・ギャング)

Can't take my eyes off you

楽曲について

・リリース年:1983年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

邦題で“君の瞳に恋してる”と名付けられたこの曲は、1967年にアメリカの歌手フランキー・ヴァリが発表した楽曲で、その後1983年にボーイズ・タウン・ギャングがディスコ調にアレンジしたカバー曲をリリースしたことで、80年代ディスコの定番曲となりました。

17位:CONGA!(グロリア・エステファン&ザ・マイアミ・サウンド・マシーン)

CONGA!

楽曲について

・リリース年:1985年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:300万枚超

ラテン系のノリが特徴的だったコンガは、MSMが8枚目にして初めて全曲英語で構成したアルバムからのファーストシングルで、彼らはこの曲をリリースした翌年に参加した「第15回東京音楽祭」で見事グランプリを獲得しております。

16位:Never Gonna Give You Up(リック・アストリー)

リック・アストリー

楽曲について

・リリース年:1987年

・作詞者:マイク・ストック、マット・エイトキン、ピート・ウォーターマン

・作曲者:マイク・ストック、マット・エイトキン、ピート・ウォーターマン

・編曲者:不明

・プロデューサー:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・売上累計:不明

甘いマスクとそれとは裏腹な野太い歌声が特徴的だったのが、16位にランキングされたリック・アストリーです。邦題で“ギヴ・ユー・アップ”と名付けられたこの曲は彼のデビュー曲で、全英チャートでは5週連続1位、さらには全米チャートで2週連続1位を獲得する大ヒット曲でした。日本でも80年代のディスコブームに乗り、デビューアルバムがオリコン洋楽チャートで3週連続1位を獲得し、一躍人気となりました。

15位:Touch me(サマンサ・フォックス)

Touch me

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

タッチ・ミーは、サマンサ・フォックスが20歳の時にリリースされた彼女のデビュー曲で、当時は世界中でチャートを賑わすほどの大ヒット曲でした。モデルとしても活躍していた彼女は、そのグラマーな肉体美から「80年代イギリスのセックスシンボル」と称されておりました。

14位:Take My Breath Away(ベルリン)

Take My Breath Away

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:ジョルジオ・モロダー

・売上累計:不明

トム・クルーズ主演の映画「トップガン」の挿入歌として、日本でも“愛は吐息のように”の邦題で人気を博したこの曲ですが、実は80年代ディスコにおいてはチークタイムの定番曲として知られておりました。

13位:サイキック・マジック(G.I.オレンジ)

G.I.オレンジ

楽曲について

・リリース年:1985年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

日本では80年代半ばに洋楽アイドルとして活動していた、G.I.オレンジの楽曲が13位にランキングされました。このサイキック・マジックは当時若者に大人気だったフジテレビのバラエティー番組「夕やけニャンニャン」のテーマ曲に起用され、オリコンの洋楽チャートで通算5週1位を獲得するヒット曲となりました。

12位:Take On Me(a-ha)

Take On Me

楽曲について

・リリース年:1985年

・作詞者:ポール・ワークター、マグス、モートン・ハルケット

・作曲者:ポール・ワークター、マグス、モートン・ハルケット

・編曲者:不明

・プロデューサー:トニー・マンスフィールド、アラン・ターニー

・売上累計:不明

a-ha(アーハ)はノルウェーのシンセポップ・バンドで、彼らが1985年にリリースした「Take On Me」は全英チャート2位、全米チャートでは1位を獲得するなど大ヒット曲となりました。2010年12月のコンサートを機に一度は解散した彼らでしたが、2015年にデビュー30周年を記念して2年間限定でグループを再結成し、同じ年に10枚目となるニューアルバムをリリースしました。

11位:Relax(フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド)

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

楽曲について

・リリース年:1983年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:トレヴァー・ホーン

・売上累計:200万枚超

11位の「Relax」は、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのデビュー曲でヴォーカリスト2人がゲイであることを強調したダンスナンバーとして、イギリスを中心に大ヒットしました。当時の洋楽では、セックスやSMを描写した過激な歌詞であることから、多くの放送局で放送禁止となり話題となりました。日本でもCMのタイアップ曲として起用され、幅広い層から人気を集めた80年代を代表する洋楽ヒット曲です。

80年代ディスコ曲ランキング10位~7位

80年代のディスコ

時代を象徴する名曲ばかり

ランキング11位までも見ても分かる通り、80年代のディスコミュージックはアーティスト自身もその楽曲も非常にインパクトのあるものばかりでした。

欧米アーティストが中心的な中、邦楽でもC-C-BやTMネットワークなど当時非常に斬新なアーティストの登場が世間を騒がせました。これからご紹介するランキングトップ10については、更に個性的な洋楽アーティストや再ブレイクを果たした邦楽アーティストが登場しますので、ご期待ください。

10位:DESIRE(中森明菜)

DESIRE

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:阿木燿子

・作曲者:鈴木キサブロー

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:52万枚

中森明菜の14枚目のシングルとしてリリースされたDESIREは、着物をアレンジした衣装と彼女のボブスタイルな髪型が非常に奇抜で斬新だと、多くのファンを魅了しました。当時の邦楽ディスコナンバーとしても代表的な曲の1つで、彼女の振り付けを真似しながら踊った方もきっと多かったことでしょう。

9位:I Should Be So Lucky(カイリー・ミノーグ)

I Should Be So Lucky

楽曲について

・リリース年:1987年

・作詞者:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・作曲者:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・編曲者:不明

・プロデューサー:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・売上累計:不明

邦楽タイトル「ラッキー・ラヴ」と名付けられたこの楽曲は、カイリー・ミノーグの2枚目のシングルにして彼女の代表的なヒット曲です。当時は日本でも大人気で、オリコンの洋楽チャートで12週連続1位を獲得しました。また、2007年にはmihimaru GTが日本語でカバーしたことでも話題となった名曲です。

8位:Two Of Hearts(Stacey Q)

Two Of Hearts

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:John Mitchell、Tim Greene、Sue Gatlin

・作曲者:John Mitchell、Tim Greene、Sue Gatlin

・編曲者:不明

・プロデューサー:Jon St. James

・売上累計:不明

80年代のダンス・ミュージックを語る上で欠かせないのが、8位にランキングされた「Two Of Hearts」です。ステイシーQの代表曲で当時アメリカ人によるユーロビート作品の中では異色の大ヒット曲となりました。その後彼女のリリースしたシングル・アルバムは売上が低迷してしまい、80年代のディスコ・シーンを代表する“一発屋”と世間から揶揄されるようになりました。

7位:SHOW ME(森川由加里)

SHOW ME

楽曲について

・リリース年:1987年

・作詞者:A.Tripoli、T.Moran、A.Cabrera、B.Khozouri

・作曲者:A.Tripoli、T.Moran、A.Cabrera、B.Khozouri

・訳詞者:森浩美

・編曲者:船山基紀

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

カバーガールズのデビューシングルを邦楽カバーし、テレビドラマ「男女7人秋物語」の主題歌として大ヒットしたのが、森川由加里のSHOW MEです。彼女はこの曲で日本有線大賞新人賞を受賞するなど、自身最大のヒット曲となりました。

80年代ディスコ曲ランキング6位~4位

80年代のディスコ

「ワンレン」「ボディコン」「お立ち台」が定番

この3つのキーワードは、当時のディスコでは当たり前のように見られる光景でした。

女性はみなワンレングスの髪型にボディコン姿でディスコに通い、好みのディスコミュージックがかかるとお立ち台に上がってみんなノリノリになっておりました。

男性たちはディスコだけじゃ飽き足らず、好きなディスコミュージックが収録されたCDを車内でガンガンかけながらドライブを楽しんだものでした。ランキング上位に登場する楽曲は、日本でも多くのアーティストにカバーされる名曲ばかりです。

6位:GIVE ME UP(マイケル・フォーチュナティ)

GIVE ME UP

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:不明

・作曲者:Michael De San Antonio、Pierre Michael Nigro、Mario Giuseppe Nigro

・編曲者:不明

・プロデューサー:不明

・売上累計:不明

マイケル・フォーチュナティのデビュー曲にして最大のヒット曲である「GIVE ME UP」が6位にランキングされました。彼はイタリアのユーロビート界で最も有名なアーティストの1人で、この曲は日本でも翌年に女性デュオ「BaBe」がカバーしたことで話題となりました。

80年代後半のユーロビート界を独占

「GIVE ME UP」のヒット以降、彼は数々のヒット曲を世に送り続けました。日本でも彼の楽曲がカバーされたりCM曲に起用されたりと、ユーロビート界で最も有名な音楽家の1人と称されております。

5位:Venus(バナナラマ)

Venus

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:ロビー・ファン・レーベン

・作曲者:ロビー・ファン・レーベン

・編曲者:不明

・プロデューサー:ロビー・ファン・レーベン

・売上累計:不明

1969年にオランダのロックグループ「ショッキング・ブルー」がリリースした曲を、1986年にバナナラマがカバーして一躍世界中でブームになったのが、5位にランキングされたVenusです。日本でも同じ年に長山洋子が和訳にしたバージョンをリリースし、大ヒット曲となりました。

ディスコのお立ち台を満杯にさせる名曲

当時のディスコでは、バナナラマの曲がかかるとお立ち台が満杯になるというほどの人気ぶりでした。まさにバブル期を象徴する洋楽の名曲と言えましょう。彼女らは80年代ディスコブームの立役者として、世界中に名をはせました。

4位:CHA-CHA-CHA(石井明美)

CHA-CHA-CHA

楽曲について

・リリース年:1986年

・作詞者:G. BOIDO(訳詞者:今野雄二)

・作曲者:B. REITANO - B. ROSELLINI - F. REITANO

・編曲者:戸塚修

・プロデューサー:不明

・売上累計:80万枚

明石家さんまと大竹しのぶの共演で話題となったテレビドラマ「男女7人夏物語」の主題歌としてリリースされたのが、4位にランキングされたCHA-CHA-CHAです。イタリアのダンスグループ「フィンツィ・コンティーニ」の楽曲のカバーだったこの曲は、ドラマの人気も後押しして石井明美のデビュー曲にして最大のヒット曲となりました。

選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも採用された名曲

YouTubeで検索したところ、石井明美の貴重なライブ映像が投稿されておりました。ミディアムテンポなこの曲は、ディスコミュージックにはもってこいでしょう。

80年代ディスコ曲ランキング3位~1位

ミラーボール

今聴いても斬新なトップ3

いよいよここからは、80年代ディスコミュージックのトップ3についてご紹介していきます。

80年代ディスコにおいては名曲中の名曲がトップ3を飾っておりますが、30年以上経った今再ブレイクを果たした邦楽アーティストも登場します。それだけ80年代ディスコミュージックが幅広い層から根強い人気を保っている証拠でしょう。

3位:カーマは気まぐれ(カルチャー・クラブ)

カーマは気まぐれ

楽曲について

・リリース年:1983年

・作詞者:オダウド/ヘイ/クレイグ/モス/ピケット

・作曲者:オダウド/ヘイ/クレイグ/モス/ピケット

・編曲者:不明

・プロデューサー:スティーヴ・レヴィイン

・売上累計:500万枚

イギリスのバンド「カルチャー・クラブ」の大ヒット曲が3位にランキングされました。邦題で“カーマは気まぐれ”と名付けられたこの曲は、1983年にリリースされたアルバム「カラー・バイ・ナンバーズ」からのシングルカットで、リリースされるやいなや世界中16ヵ国のチャートで1位を獲得する、バンド最大のヒット曲となりました。

歌詞のフレーズが日本でも人気に

ヴォーカルのボーイ・ジョージの個性的でかつ中世的な容姿も当時話題となりましたが、サビで流れる「カマカマカマカマ」という歌詞がキャッチーなメロディーと共に思わず口ずさんでしまうと、日本でも人気を集めました。

カーマは気まぐれから30年以上経った今、華麗に復活

かつては数々のスキャンダルや自身のアルコール依存症、また激太りなどが話題となり、世間から「カルチャー・クラブは終わった」「ボーイ・ジョージの劣化がハンパない」などと揶揄されていましたが、2014年にカルチャー・クラブは活動を再開し、ボーイ自身もソロ活動を再開しました。彼の見た目はだいぶ変わりましたが、インパクトのあるファッションと色気のある歌声は相変わらず健在です。

バブル期を生き抜いた現在のお父さん世代は、この曲を聴くと当時のことを思い出しながら懐かしむことでしょう。カルチャー・クラブのファンであれば、2014年の活動再開は涙が出るほど嬉しかったのでは?晴れた日のドライブBGMとしても、彼らの楽曲はおすすめです。

2位:ユー・スピン・ミー・ラウンド(デッド・オア・アライブ)

ユー・スピン・ミー・ラウンド

楽曲について

・リリース年:1984年

・作詞者:不明

・作曲者:不明

・編曲者:不明

・プロデューサー:ストック・エイトキン・ウォーターマン

・売上累計:不明

2位にランキングされたデッド・オア・アライブは、ユーロビートの第一人者として80年代に活躍していたイギリスのバンドです。ヴォーカルでかつリーダーのピート・バーンズの妖艶なヴィジュアルと、それとは正反対のパワフルな歌声が魅力で日本でも瞬く間に人気となりました。

全世界での総売り上げは2000万枚以上!

ユー・スピン・ミー・ラウンドはデッド・オア・アライブ最大のヒット曲と言われており、日本でも各地のディスコでヘビーローテーションされていた名曲です。当時はバブル景気に伴うディスコブームで、彼らが来日した際には人気テレビ番組「夜のヒットスタジオ」に出演したことで、幅広い層から注目を集めました。

ピート・バーンズが2016年に死去

ピートバーンズ

原因は過剰な整形手術

2016年10月に57歳という若さにも関わらず急性心不全で亡くなったピート・バーンズですが、原因は自身の美に対する強い執着による過剰な整形手術でした。

楽曲の大ヒットにより巨万の富を築いたピートでしたが、幼年期から続く自分の顔へのコンプレックスを払拭することが出来ず、稼いだお金のほとんどを整形費用に費やすほどでした。そのことが原因で体調を崩してしまい、治療費を捻出するために終いには楽曲の著作権までをも売却するまでに追い込まれてしまいました。ファンの誰もがデッド・オア・アライヴの再結成を期待していただけに、彼の死が悔やまれます。

ピート・バーンズが亡くなった後も、デッド・オア・アライブのヒット曲はいまだに世界中のファンから愛されております。中世的な容姿が魅力的だった彼は、現在のヴィジュアル系バンドの先駆け的存在でした。

1位:ダンシングヒーロー(荻野目洋子)

ダンシングヒーロー

楽曲について

・リリース年:1985年

・訳詞者:篠原仁志

・作曲者:A.Kate - T.Baker

・編曲者:馬飼野康二

・プロデューサー:不明

・売上累計:32万枚

栄えある1位に輝いたのは、荻野目洋子の大ヒット曲「ダンシングヒーロー」です。この曲は、イギリスの歌手アンジー・ゴールドのヒット曲で、1985年に発売し世界的に大ヒットした「Eat You Up」の邦楽カバーでした。当時彼女は、この曲で日本有線大賞にて有線音楽賞を受賞し、さらにNHK紅白歌合戦の初出場を果たしました。

30年以上の時を経てブーム再来

登美丘高校ダンス部

再ブレイクのきっかけは登美丘高校ダンス部

こちらは、2017年に高校生ダンス部の全国大会で一躍有名となった登美丘高校ダンス部です。

大会では部員が全員80年代の衣装に身を包み、キレッキレの見事な踊りを披露したのですが、その際に使用された曲がダンシングヒーローでした。曲の中で時折、80年代のバブリーネタで知られるお笑い芸人「平野ノラ」の合いの手が入ることにより、彼女らの踊りは「バブリーダンス」と称され瞬く間に世間に広がりました。

実は2014年にNEWバージョンを出していた

荻野目洋子は、2014年にデビュー30周年を記念したアルバム「ディア・ポップシンガー」を出しており、本作の限定盤DVDにはダンシングヒーローの新しいダンスを取り入れたバージョンも収録されております。実は、ダンシングヒーローは以前から東海地区を中心に盆踊りの定番曲として浸透しており、改めてこの曲の人気の高さが伺えます。

ツイッター上にも多くの書き込みがありましたが、愛知県で毎年開催される「一宮七夕まつり」では、ダンシングヒーローが大ヒットした翌年1986年からずっと盆踊りの曲として流れているそうです。そんな伝統ある祭りですが、2018年には念願叶って荻野目洋子本人が盆踊りの舞台に登場して話題となりました。

ディスコブームの再燃で関係イベントが大盛況!

サタデー・ナイト・フィーバー

「サタデー・ナイト・フィーバー」公開から40周年以上経って再ブーム

1977年に全米で公開されたのをきっかけに、空前のディスコブームの火付け役となった映画が「サタデー・ナイト・フィーバー」です。

この映画の公開から40以上が経ち、現在いわゆる“高齢者”と言われる年代の方たちを中心に、今ディスコが再び流行っているというのです。一体どういうことでしょう。早速調べてみました。

熱い盛り上がりをみせるディスコブーム

DJ OSSHY

高齢者ディスコが熱い!

こちらは“ディスコの伝道師”として知られているDJ OSSHY(オッシー)です。

 

DJ歴35年を超える彼は、以前から昼間でも家族連れで踊れる「ファミリーディスコ」など、幅広い世代が楽しめるディスコを提供することにも力を入れてきました。

そんな彼が2017年から取り組み始めたのが、認知症患者を対象とした「高齢者ディスコ」です。総合福祉施設や高齢者在宅サービスセンターといった場所で開催され、軒並み好評のようです。選曲も、参加者が椅子に座ったまま上半身の振りだけで楽しめるものにしているということで、代表的なのが西城秀樹の名曲「Y.M.C.A」だそうです。

80年代ディスコ曲ランキングTOP31のまとめ

80年代ディスコ

ディスコは永遠の社交場

前述でご紹介したDJ OSSHYは、安心・安全・健全なディスコ・カルチャーを伝達することを使命としております。

ランキングでご紹介してきた洋楽邦楽のヒット曲は、昭和生まれには古き良き青春時代を思い返す名曲であり、平成生まれには逆に今斬新に聴こえる曲となることでしょう。ディスコブームが再燃している今、新たなディスコミュージックが生まれる可能性だってあります。これからも、ディスコは「大人の社交場」として残り続けていくことでしょう。

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