韓国大統領の悲惨な末路11名まとめ!なぜ不幸な悲惨な最後になるのか?

韓国の前大統領朴槿恵が逮捕されたニュースは記憶に新しいですが、韓国の歴史を調べれば、大統領がクーデターによって地位を追われたり、退任後に本人や家族が逮捕されることが多く、自殺した元大統領も存在します。中でも朴槿恵の両親の末路は、悲惨の一言に他なりません。この記事では韓国の歴代大統領を一覧を掲載するとともに、不幸な末路をランキング形式で紹介いたします。また、なぜ韓国の大統領が、ランキング記事を作れるほど不幸な末路を辿るのかも考察しました。

目次

  1. 韓国の大統領のニュース・歴代の悲惨な末路の11名年代順【最新一覧】
  2. 韓国の大統領のニュース・歴代の悲惨な末路11位〜4位
  3. 韓国の大統領のニュース・歴代の悲惨な末路3位〜1位
  4. 朴槿恵を含め、なぜ前大統領は不幸になってしまったのか?
  5. 韓国大統領の悲惨な末路11名まとめ!なぜ不幸な悲惨な最後になるのか?まとめ

韓国の大統領のニュース・歴代の悲惨な末路の11名年代順【最新一覧】

韓国の大統領は逮捕、自殺、クーデターなどが多い

韓国の歴代大統領は悲惨な末路を迎える

韓国の歴代大統領は悲惨な末路を迎える

1948年8月13日に、朝鮮半島南部は独立を果たし、韓国(大韓民国)が誕生しました。

朴槿恵前韓国大統領の逮捕や裁判は日本でもニュースになりましたが、歴代の韓国大統領の中には、クーデターによって地位を終われた人や、退任後に逮捕された人が数多く存在します。また、自殺や暗殺などの悲惨な末路を迎えた人もいます。

韓国歴代大統領一覧

韓国歴代大統領一覧

不幸な末路を辿った韓国の歴代大統領一覧。ランキング記事が作れるほど、その末路は悲惨です。朴正煕(朴槿恵の父)は暗殺され、盧武鉉は自殺しました。

 

 

朴槿恵のように最近ニュースになった人から教科書に載っている人まで、韓国という国家が成立してから大統領に就任した11人の悲惨な末路一覧をランキング形式でご紹介いたします。逮捕、亡命、自殺、暗殺などの悲惨な「不幸な末路ランキング」のスタートです。

韓国の大統領のニュース・歴代の悲惨な末路11位〜4位

11位:崔圭夏

在任期間約8ヶ月の韓国大統領

名前:崔圭夏(チェ・ギュハ、최규하)
第10代韓国大統領
大統領在任期間:1979年12月8日~1980年8月16日
生没年:1919年7月16日~2006年10月22日(享年87)
出生地:江原道原州市(北朝鮮)

1979年10月に韓国大統領の朴正煕が暗殺された後、大統領権限代行を務めたのが崔圭夏です。彼が大統領に就任した直後の12月12日に全斗煥たちが粛軍クーデターを起こし、韓国軍部の実権を握りました。全斗煥たち軍人は光州事件をきっかけに政治の実権を握り、崔圭夏大統領は辞任に追い込まれました。

崔圭夏と佐藤栄作

朴正煕大統領の元で、崔圭夏は大統領外交担当特別補佐官や大統領外交担当特別補佐官、国務総理(首相)などを務めました。崔圭夏はクーデターによって大統領の地位を追われたものの、逮捕や暗殺、自殺などの歴代大統領が辿った不幸な末路とは縁がなく、2006年に87歳で病死しています。歴代韓国大統領の中では悲惨な末路ランキングからは最もかけ離れた人物かもしれません。

10位:金泳三

在任中に次男が逮捕された大統領

名前:金泳三(キムヨンサム、김영삼)
第14代韓国大統領
大統領在任期間:1993年2月25日~1998年2月24日
生没年:1927年12月20日~2015年11月22日(享年87)
出生地:慶尚南道巨済市(韓国)

韓国は朴正煕が大統領に就任した1963年以降、軍人が政治を動かしている軍事政権国家でした。金泳三も、軍事政権によって国会議員の資格を停止されたり、自宅に軟禁されたりした経験があります。彼は文民政権(軍人ではない政治家が、軍人を制御する政権)のトップとして、韓国軍の改革を行い、韓国の民主化を進めました。

金泳三と朴槿恵

朴槿恵は病死した金泳三を国葬にしました。2人の韓国大統領は「悲惨な末路ランキング」に名を連ねています。

金泳三は「在任中は献金を受け取らない」と宣言し、質素な大統領としてアピールをしていました。しかし、次男の金賢哲が1997年に斡旋収賄で逮捕されます。1998年に彼は懲役2年の判決を受けました。息子が逮捕された当時の状況について、金泳三は「1日も早く大統領を辞めたかった」と語っています。息子の逮捕がなければ、彼がランキング入りすることはなかったかもしれません。

9位:金大中

波乱万丈の人生を送った後に大統領に就任

名前:金大中(キムデジュン、김대중)
第15代韓国大統領
大統領在任期間:1998年2月25日~2003年2月24日
生没年:1925年12月3日~2009年8月18日(享年83)
出生地:全羅南道新安郡(韓国)

1973年、日本滞在中にKCIAによって拉致された上に殺されかけた「金大中事件」を始め、金大中は軍事政権に弾圧され、公民権の停止や死刑判決(無期懲役に減刑ののち国外追放)を受けた人物です。大統領就任後、金大中は北朝鮮の金正日と「南北共同宣言」を行い、2000年にノーベル平和賞を授与されました。

韓国の民主化を訴えた金大中

「波乱万丈の人生を送った政治家ランキング」の上位にランクインできそうなほど、韓国の民主化を訴えた金大中の生涯は困難に満ちていました。

金大中と妻の李姫鎬の間には、3人の息子(金弘一、金弘業、金弘傑)がいました。2002年に、3人は斡旋収賄の容疑で拘束され、父である金大中が国民に謝罪します。大統領退任後、金大中は政治の世界から退きました。幾度も命の危機に直面した大統領就任前に比べれば、金大中の大統領退任後の人生は、穏やかであったと言えます。

8位:尹潽善

クーデターに抗議して大統領を辞任

名前:尹潽善(ユンボソン、윤보선)
第4代韓国大統領
大統領在任期間:1960年8月13日~1962年3月22日
生没年:1897年8月26日~1990年7月18日(享年92)
出生地:忠清南道牙山市(韓国)

ランキングの8位に入ったのは、1960年の四月革命(4.19革命)によって李承晩が失脚した後、韓国大統領に就任した尹潽善です。彼の大統領在任中に朴正煕らによる軍事クーデター(5.16クーデター)が発生しました。クーデター側は彼を大統領の地位に留めておきましたが、軍の方針に反発する形で尹潽善は大統領を辞任しました。

野党の政治家として活躍した尹潽善

大統領辞任後、尹潽善は野党の政治家として活躍しました。大統領辞任後、尹潽善は野党のトップとして韓国の政界で活躍しました。1976年、当時の朴正煕大統領の退陣を求める「3.1民主救国宣言」を発表します。この行動が韓国の国家秩序を破壊する違法な活動と見なされ、尹潽善は逮捕されます。裁判では彼に懲役3年の実刑判決が言い渡されました。

7位:李明博

竹島上陸がニュースになった大統領

名前:李明博(イミョンバク、이명박)
第17代韓国大統領
大統領在任期間:2008年2月25日~2013年2月24日
生年月日:1941年12月19日(76歳)
出生地:大阪市平野区(日本)

李明博は「立身出世した韓国人ランキング」があれば間違いなく上位に入っている人物です。彼は従業員が100人に満たなかった現代建設を、韓国屈指の大企業に発展させました。現代建設を辞任後、彼は政治の世界に入り、2002年から2006年にかけてソウル特別市市長を務め、2008年に韓国の大統領に就任しました。

2012年7月に、李明博の兄で政治家の李相得が斡旋収賄の疑いで逮捕され、翌年に実刑判決を受けます。この年、李明博は任期満了により大統領を辞任しましたが、2018年3月、大統領在任中に巨額の賄賂を受け取った容疑で逮捕されました。

6位:朴槿恵

韓国初の女性大統領

名前:朴槿恵(パククネ、박근혜)
第18代韓国大統領
大統領在任期間:2013年2月25日~2017年3月10日
生年月日:1952年2月2日(66歳)
出生地:慶尚北道大邱広域市(韓国)
家族:父の朴正煕は第5~9代韓国大統領

韓国初の女性大統領として日本のニュースでも取り上げられた朴槿恵は、韓国第5~9代大統領朴正煕の娘です。父が大統領の地位にあったころから、彼女は宗教家の崔太敏と非常に親しい関係にありました。韓国大統領後、朴槿恵は崔太敏の娘で宗教家の崔順実を自由に青瓦台(大統領官邸)に出入りさせていました。

第18代韓国大統領朴槿恵

朴槿恵の罷免と逮捕は日本でもニュースになりました。公判で彼女は収賄や職権乱用などの起訴内容をすべて否定しました。

崔順実は官僚でも政治家でもない民間人です。彼女への国家機密漏洩や娘の不正入学がきっかけで、韓国では朴槿恵政権への支持率が下がり、退陣を求めるデモが行われました。国会では弾劾訴追案が可決され、朴槿恵は大統領を罷免されます。2017年3月に彼女は収賄で逮捕され、翌年の裁判で懲役24年と罰金180億ウォンの支払いが命じられました。

5位:盧泰愚

名前:盧泰愚(ノテウ、노태우)
第13代韓国大統領
大統領在任期間:1988年2月25日~1993年2月24日
生年月日:1932年12月4日(85歳)
出生地:大邱広域市東区(韓国)

盧泰愚は軍人で、士官学校の同級生で後に韓国大統領となる全斗煥とハナフェ(一心会)というグループを作りました。ハナフェのメンバーは朴正煕の政権下で軍の要職に就き、朴正煕の死後、粛軍クーデターを起こします。大統領に就任した盧泰愚は、前大統領でハナフェのリーダー全斗煥の不正を追及しました。

韓国最後の軍人大統領

1988年に行われたソウルオリンピックは、日本でもニュースになりました。盧泰愚は韓国大統領としてオリンピックの開会宣言を行った人物です。

任期満了に伴い大統領を退任した盧泰愚は、1995年に政治資金を隠していた事が発覚して裁判を受けます。彼には懲役15年と2628億ウォンの追徴金が課せられました。その後、粛軍クーデタ―と軍が民衆のデモを鎮圧した光州事件の再捜査が行われ、盧泰愚には懲役17年と2688億ウォンの追徴金が課せられましたが、後に特赦を受けました。

4位:李承晩

韓国を独立させた初代大統領

名前:李承晩(イスンマン、이승만)
初代~第3代韓国大統領
大統領在任期間:1948年7月20日~1960年4月26日
生没年:1875年3月26日~1965年7月19日(享年90)
出生地:黄海南道峰泉郡(北朝鮮)

朝鮮半島の独立運動に参加していた李承晩は、1948年に韓国の初代大統領に任命されます。彼は日本の朝鮮半島統治に協力的だった「親日派」の韓国人を対象にした「反民族行為処罰法」や、北朝鮮や共産主義に賛同する人々を取り締まる「国家保安法」を制定しました。

李承晩とフランチェスカ夫人

李承晩の妻フランチェスカ・ドナーはオーストリア出身です。2人の間に実子はいなかったため、遠縁の李康石を養子を迎えました。李承晩の大統領辞任後、李康石は実の両親と弟を殺害し、自殺しました。

当時韓国の大統領の任期は二期までと定められていましたが、生涯大統領を望んだ李承晩は強引に法律を変えて三選を果たし、選挙の不正に手を染めました。1960年に、李承晩に不満を持つ人々のデモがきっかけに四月革命が起こります。李承晩は大統領を辞任し、妻と共にハワイに亡命します。その後、彼は韓国の土を踏むことなくハワイで生涯を終えました。

韓国の大統領のニュース・歴代の悲惨な末路3位〜1位

3位:全斗煥

軍事クーデターを起こしたハナフェ(一心会)のリーダー

名前:全斗煥(チョンドファン、전두환)
第11~12代韓国大統領
大統領在任期間:1980年8月27日~1988年2月24日
生年月日:1931年1月18日(87歳)
出生地:慶尚南道陜川郡(韓国)

朴正煕の死後、粛軍クーデターを起こして韓国の政治の実権を握ったのが、全斗煥です。彼は光州事件に代表されるように、民主化運動を厳しく取り締まりました。当時のニュース報道は、大統領の賞賛から始まったそうです。その一方で、韓国経済の発展やソウルオリンピックの誘致、プロ野球創設などを行いました。

死刑判決を受けた全斗煥

粛軍クーデターは軍の規則に反しており、光州事件は内乱罪にあたるとされ、全斗煥は一審で死刑判決を受けました。

大統領の座を士官学校の同期でハナフェの一員だった盧泰愚に譲った全斗煥は、財団を設置しました。しかし、利権を得ていた親族が逮捕された上に全斗煥も不正蓄財疑惑や光州事件の追及を受け、一審で死刑判決を受けます。最高裁では無期懲役と2205億ウォンの追徴金が命じられましたが、特赦によって釈放されました。

第11~12代韓国大統領全斗煥

全斗煥は控訴し、最高裁では無期懲役に減刑されました。悲惨な末路ランキング3位に入ったのは、大統領在任中の民衆弾圧が主な原因とも言えるかもしれません。

刑事罰における追徴金とは、不法に得た金品を国が没収する代わりに、金銭によって対価の支払いを命じることです。2013年の時点で、全斗煥は1672億ウォンの追徴金を支払っていませんでした。これを支払わせるために、韓国国会はいわゆる「全斗煥追徴法」を可決し、追徴金の時候の延長や支払い対象者の拡大を行いました。

全斗煥の不幸はまだ続く?

光州事件では、150人以上の死者と3000人以上の負傷者が出たとされ、逮捕者の一覧には金泳三や金大中などの名前が挙がっています。全斗煥は光州事件の発端となった民衆のデモについて「北朝鮮の陰謀」と主張しました。また、韓国軍のヘリコプターによる市民への発砲を目撃したというチョ・ビオ神父を侮辱したために死者名誉棄損の罪に問われ、2018年に在宅起訴されました。

2位:盧武鉉

日本では「ノムたん」の愛称で親しまれた大統領

名前:盧武鉉(ノムヒョン、노무현)
第16代韓国大統領
大統領在任期間:2003年2月25日~2008年2月24日
生没年:1946年9月1日~2009年5月23日(享年62)
出生地:慶尚南道金海市(韓国)

盧武鉉が生まれた時、朝鮮半島南部はアメリカ軍の占領下にありました。そのため、彼は日本による朝鮮半島統治時代を知りません。彼は高校卒業後、独学で司法試験に合格し、人権派弁護士として活動していました。金泳三との出会いをきっかけに盧武鉉は政治の道を志し、1988年に韓国の国会議員となりました。

第16代韓国大統領盧武鉉

盧武鉉は日本と韓国の首脳が毎年お互いの国を訪問する「日韓シャトル外交」を中止し、反日政策を取りました。

大統領に就任した当時、盧武鉉は多くの国民から支持されていました。彼は日本に対して強硬な姿勢を取り、朝鮮半島の日本統治に協力していた「親日派」の人間や、その財産を相続した子孫を対象にした特別法を施行します。この行動は「親日派一覧」に名前が載った人々や韓国メディアから批判を受けました。

自殺した盧武鉉

検察による事情聴取を受けた1ヶ月後、盧武鉉は自殺しました。大統領退任後、盧武鉉は生まれ故郷である金海市に引っ越しました。2008年には、彼の兄盧建平が斡旋収賄の容疑で逮捕されます。また、盧武鉉も大統領在任中に不正な金品を受け取っていたという疑惑が上がり、2009年4月に検察の事情聴取を受けました。その約1ヶ月後の5月23日に、彼は自宅の裏山にある崖から飛び降りて自殺しました。

盧武鉉は本当に自殺だったのか?

韓国政府は盧武鉉に対して国民葬(国葬よりも下の格式)を行いましたが、彼の自殺には疑問が残っています。

盧武鉉は自殺の直前に、大統領に就任したことを後悔する文章を残していました。また、彼のパソコンからは遺書と思われる文書が見つかっています。しかし、遺書の状態や現場の状況から、盧武鉉の自殺を疑問視する声も上がっています。盧武鉉は「不審な死を遂げた政治家ランキング」に入るかもしれません。

1位:朴正煕

クーデターを起こして政治の実権を握る

名前:朴正煕(パクチョンヒ、박정희)

第5~9代韓国大統領

大統領在任期間:1963年12月17日~~1979年10月26日

生没年:1917年11月4日~1979年10月26日(享年61)

出生地:慶尚北道亀尾市(韓国)

家族:次女は韓国第18代大統領の朴槿恵

軍人である朴正煕は1961年5月16日の軍事クーデター(5.16クーデター)の指揮をとり、韓国の政治の主導権を握りました。彼が議長を務めた国家再建最高会議は、諜報機関であるKCIA(大韓民国中央情報部)を使ってデモの鎮圧などを行った軍事独裁政権です。1962年の国民投票で「第三共和国憲法」が承認されたため、翌年に国家再建最高会議は解散しました。

韓国の経済発展に力を入れた朴正煕

朴正煕は日本とアメリカから支援を取りつけ、韓国のインフラ整備や経済復興を行い、韓国は「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げました。1963年に朴正煕は軍を辞めて大統領選挙に立候補します。投票の結果、彼は第5代韓国大統領に就任しました。1965年に、彼は日韓基本条約に調印し、日本と韓国の国交が樹立します。

朴正煕と岸信介

大統領として日本を公式訪問した経験はありませんが、朴正煕は軍人時代に日本の陸軍士官学校に留学しています。「第三共和国憲法」では、韓国大統領の任期は二期までと定められていましたが、朴正煕は1969年に憲法を変え、1971年に再々選を果たします。1972年10月には維新クーデターとも呼ばれる「大統領特別宣言」を出し、国会を解散させただけではなく、政治的な活動や集会を禁止しました。

悲惨な末路を迎えた大統領夫妻

8月15日は日本では「終戦記念日」ですが韓国では「光復説」という祝日です。1974年、ソウルで行われた光復節のセレモニーに参加した朴正煕は、在日朝鮮人である文世光に銃撃されます。彼は無事でしたが、妻の陸英修(朴槿恵の母親)が死亡しました。

バツをしている女性

暗殺された韓国大統領朴正煕

朴正煕の暗殺は、韓国よりも先にアメリカでニュースとなり、雑誌「TIME」が1999年に選んだ「今世紀最も影響力があったアジアの20人」にランキング入りしています。

韓国は民主国家ですが、朴正煕の政権下では検閲や言論弾圧が行われ、それに対抗するデモが韓国各地で勃発していました。釜馬民主抗争と呼ばれる反政府デモの鎮圧を巡り、KCIA部長金載圭と大統領府警護室長の車智澈が対立します。1979年10月26日の宴の最中に、朴正煕と車智澈は、金載圭によって暗殺されました。

太陽と手

朴正煕と朴槿恵

陸英修の死後、娘の朴槿恵が朴正煕のファーストレディ役を務めました。

金載圭がなぜ朴正煕を殺害したのか、捜査が行われました。その結果、金載圭が朴正煕に仕事で叱責を受け、恨みに思っていたことや、車智澈が出世競争のライバルであったことが明らかになります。また、金載圭が行った朴槿恵と崔太敏(崔順実の父)の親しすぎる関係についての報告を、朴正煕が聞き入れなかったことも犯行の動機の一つでした。

朴槿恵を含め、なぜ前大統領は不幸になってしまったのか?

なぜ歴代韓国大統領は不幸になるのか①大統領の強すぎる権力

やめてと手を出す男性

韓国大統領の不幸な末路一覧

韓国の大統領は末路一覧や不幸ランキングが作られるような人生を送っており、日本でもなぜなのかと疑問視されています。

なぜ韓国の大統領が退任後に不幸になるのかという疑問は、日本でも取り上げられています。韓国大統領の任期は、現在法律で一期5年と定められていますが、「大きな権力を持つ国家元首ランキング」の上位に入る可能性があるほど韓国大統領の権力は大きく、立法だけではなく行政や司法の実権や人事権も持っています。韓国の制度では、大統領1人に権力が集中するのです。

なぜ歴代韓国大統領は不幸になるのか②血縁を重視する韓国の社会制度

異議あり!と指を指している男性

朴正煕一家

朴正煕と朴槿恵は親子で韓国大統領に就任し「悲惨な末路ランキング」に入りました。

韓国の社会では家族や血縁を重視します。それがなぜ大統領の不幸につながるのかと言うと、韓国の人々は一族の中で最も出世した人の元に集まり、恩恵を受けようとする傾向にあるからです。つまり大統領の権力を悪用すれば、思いのままに金品を得ることができるのです。

なぜ歴代韓国大統領は不幸になるのか③前政権を否定する政治姿勢

まるとばつを持っている女性

韓国大統領の末路一覧

一覧を見れば、韓国の大統領の末路は悲惨ですが、いわゆる「政治とカネ」の問題ではなく、民衆の弾圧などの自身の行いが原因でランキング入りした大統領もいます。

「なぜ韓国の大統領は悲惨な末路を迎えるのか」という疑問の答えとなるのが、大統領の不逮捕特権です。ごく一部の例外を除いて、韓国大統領が任期中に刑事事件で起訴されることはありません。そのため、退任後に在職中の不正を暴かれることになります。また、韓国の大統領が権力の正統性の主張や支持率上昇を目的に、前政権や過去の大統領を否定することもあります。

韓国大統領の悲惨な末路11名まとめ!なぜ不幸な悲惨な最後になるのか?まとめ

現在の韓国大統領文在寅

名前:文在寅(ムンジェイン、문재인)
第19代韓国大統領
大統領在任期間:2017年5月10日~
生年月日:1953年1月24日(65歳)
出生地:慶尚南道巨済市(韓国)

不幸な末路を辿った歴代の韓国大統領一覧をランキング形式で紹介しました。現在、韓国大統領の地位にある文在寅も「悲惨な末路ランキング」に名前が載る可能性は否定できせん。韓国の大統領の態度や情勢は日本の政治や社会に影響を与えます。普段からニュースをチェックしておきましょう。

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